何年か前に、音楽プロデユーサーのヨシオ・J・マキさんが、教会で伝道を兼ねたジャズの演奏会とぼくの講演会を企画してくれた。最後にジャズの生演奏をバックに、ぼくは自作の詩を朗読したのだが、これはかねてからのぼくの念願であった。
ミュージシャンはアメリカのジャズシーンで活躍している一流のアーティストが参加してくれると聞いていたので、ぼくは前夜から士気が昂揚してしまって、なかなか寝付かれなかった。
当日、本番十分前だというのに、ピアニストがまだ会場に姿を現さない。ぼくは教会の駐車場に出て辺りを見渡してみた。するとジーンズ姿の初老の白人がソーシャル・ルームの入り口の前に立っている。以前、どこかで見かけた顔だ。ぼくは自分の講演会が間もなく始まろうとしていたので、特にそのことは気に留めないで礼拝堂に戻った。
いよいよ演奏会が始まった。トランペットはビッグ・バンドで活躍しているカール・サンダース、ビルボード誌のギター部門(学生)で、第一位に輝いた徳永英彰さん。そしてピアノの前には、先ほど駐車場で見かけた男性が鍵盤を叩いている。
しばらく演奏を聴いているうちに、ぼくは自分の膝頭を掌で打って、はたと閃いた。 「あのピアニスト、ボブ・フローレンスじゃないか」 ぼくはボブ・フローレンス・ジャズ・オーケストラのCDを3枚持っていたので、日頃から彼の音楽を聴いて精通していたのだ。ぼくはなんだか急に嬉しくなって来て、身も心も、より一層スイングし出したのである。
講演が終わり、いよいよ詩の朗読が始まった。ボブ・フローレンスを始めとする、一流のアーティストが、ぼくのバックを務めてくれるなんて、まるで夢のような話だ。まして彼らは、ぼくの講演会の前座でもある。お蔭でジャズ好きのぼくにとって、こたえられない一日となってしまった。
同じ企画の第二弾では、ベースのパット・セネターが参加してくれた。この日もまたぼくにとって、非常に感動的で思い出深い詩の朗読会となったのである。そこで、もうそろそろ第三回目をやりたいと思うのですが、拙稿からプロデユーサーのヨシオ・J・マキさんに、お願い申し上げたい。
ロサンゼルスで生活をしていると、街のいたる所で有名人を見かける。ぼくは映画や芸能関連の話題にはうといので、有名人が隣に座っていても気がつかないのである。
もう随分前の話しになるが、リトル東京の行きつけの鮨屋で、いつものようにカウンターに座って鮨を摘んでいたら、板前のミノルさんの様子が普段と違う。ぼくの顔を見ては、目で合図してみたり、顎(あご)を横にしゃくり上げるような素振りをするのである。ふだんの彼は寡黙で喋ると少しどもるのだが、ミノルさんは小さな目をパチクリさせながら、時々溜息をついた。
お手洗いから戻る途中で、隣に座っていた中年の白人女性が席から立って帰っていくのが見えた。
ミノルさんは浮かぬ顔をして、ぼくにお絞りを手渡しながら急いで喋ろうとするので、益々どもってしまった。
「さっき新井さんの隣に座っていた女性、キャロル・キングですよ!」
ぼくはまさか、と思ったが、
「どうしてもっと早く教えてくれないの」
と、切り返した。
「合図しているのに、全く気付かないのだから・・・ 」
ミノルさんは憮然とした。
「そういう場合には、紙に書いてそっと教えるものだ」
青春時代にはキャロル・キングのLPを擦り切れるほどよく聴いていたし、今でも彼女のCDをたまに流すことがある。彼女の顔も写真で見てよく知っているつもりだった。ミノルさんの話しによると、キャロル・キングの来店は二度目だそうだ。
有名な『君の友だち』という曲の歌詞は、紛れもなくスーパースター、イエス・キリストを比喩している。ぼくは高校生の時分からキャロル・キングに夢中になってしまったのだが、歌詞にもあるように友の名前をずっと呼び続けていたら、アメリカの地で、スーパースターことイエス・キリストと出会ったのである。
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