2003年4月16日水曜日

第二十回 夫婦愛

かつてぼくのビジネス・パートナーであった華僑の御曹司と、四年半振りにチャイナ・タウンで落ち合ってランチを食べた。まだ日は高いというのに、彼は招興酒をぐいぐい煽ると、フカヒレの姿煮を旨そうに咀嚼しては、また口へ運んだ。

この日は彼が一方的に喋り捲ったので、ぼくは聞き役にまわった。ビジネスの方はさっぱりだというのに、別邸のあるバンクーバーやフランスのマルセイユ、そして東京、香港と、一ヶ月間づつ過ごしていたら、あっという間に半年が過ぎてしまったという。

彼は先日タイから戻ったばかりだと言った。二年程前から年に数回タイへ出張しているらしいが、どうもビジネス絡みでは無さそうである。彼はやおら内ポケットから黒いオーストリッチの財布を取り出すと、財布の中から一枚の写真を抜き出してぼくの前に置いた。

ぼくはてっきり一人娘のMちゃんの写真だと思い、目を凝らして見てみたが違っていた。彼は出来るだけ早く写真の彼女と結婚したいのだという。ぼくは上目遣いに彼の顔をちらりと見た。彼は招興酒の入った盃を口へ運んで、一気に飲み干した。

写真は彼と彼女のツーショット。二人とも楽しそうに笑っている。写真の撮られた場所はタイの何処かのビーチなのだろう。暖かな陽光までもが写真に写し出されている。

「タイの女性か、で、この子いくつ 」
ぼくの短い質問に対して、彼は堰を切ったようにいろんなことを喋り始めた。彼には18年前に両親の猛反対を押し切って結婚したフィリピン人の姉さん女房と、16歳の女の子がいる。彼によると夫人との関係は完全に冷え切ってしまい、顔を合わせるたびに口論が始まるので、家には帰りたくないという。けれども娘に対する思い入れだけは格別らしく、金銭面での援助には糸目を付けないと言っている。

タイの愛人へは月々五千ドル送金しているらしいが、貨幣の価値は米国の三倍位になるらしいから、相当贅沢な生活をしているようである。愛人は25歳で、彼よりも19歳年が若い。それはともかく、二人が知り合った場所が、売春を斡旋しているナイト・クラブであると聞いて驚いた。いわんや、相手の女性はタイの遊女なのである。

華僑の御曹司も南方の美人に言い寄られては、たちまちめろめろの骨抜きにされてしまったのだ。だが、誰が考えてもこのケース、お金が目当てではないのかと勘ぐってしまう。大やけどをしないうちに、早急にタイの女性と手を切ることが妥当だと思う。 

彼はテーブルに上半身を迫り出すと、ぼくの顔をまじまじ見詰めて話し出した。
「なるべく早く両親に打ち明けて、総てを穏便に片付けたい」
彼はこの後、ぼくに一肌脱いでもらいたいと希求してきた。ぼくは彼が現在の夫人と結婚するまでの経緯や、独身時代における彼の女性問題を、彼の両親と相談を交えながら、解決の糸口を探り当てて行った実績があった。だが、今度ばかりは話が尋常ではない。ぼくは彼に面と向かって、
「考え直す方が賢明だよ」
と促すと、彼は赤く染めた顔で、語気を強めながらその気がないことをぼくに伝えた。短い沈黙の後で、彼がぽつりと呟いた。
「今度一緒にタイへ行ってくれないか」
ぼくが返答に困っていると、
「じゃぁ、ぼくに招待させてほしい。家族一緒にっていうのはどうかな。ファースト・クラスの航空券とホテルはスイート・ルームを予約しておくから、是非、彼女と会ってもらいたい」
今すぐに返答できるような事柄ではないので、ぼくは即座に
「航空券もホテルもエコノミーで結構、その代わりその差額をキャッシュで頂戴」
と、せこいジョークを飛ばしておいた。

彼と現在の夫人はカトリックのクリスチャンである。ぼくは彼らの家族こそが、環境を変えて、もう一度よく話し合ってみる必要があるのではないかと提案したが、頑なな彼は首を横に振るだけである。聖書の御言葉を引用しても、今の彼には全く聴く耳がない。

周囲の反対を押し切って結婚したにもかかわらず、二人の関係が冷え切ってしまったから離婚だと言い張り、年頃を迎えようとしている娘に対しては、金銭でコントロールしようとしている。全く愚か至極なことだ。やがて彼は若い女性との愛欲に溺れていくのだろうが、結末は目に見えて虚しいものとなるだろうに。

先般、原田さんご夫妻の『ありがとさん』という書物の感想文を読んで、ぼくは大層感動してしまった。この本は癌を宣告された余命五ヶ月の妻を、献身的に看取る夫との闘病記録である。

夫は日に二十回以上のおむつを取り替えながら
「ママと結婚してよかった。ありがとさんだよ」
と、激痛に苦しむ死直前の妻を励ましつづける。
「妻の苦しみは、もしかしたら私に人生とは何かを教えてくれるために、神が与えてくれたのでしょう」
と、語る夫。信仰と希望と愛によって、イエスに総てを委ねた二人の魂は、時間さえも止まってしまうほど限りなく美しい。これこそが真の夫婦愛である。

ぼくに出来ることは小さなことかも知れないが、ともかく、御曹司の彼とその家族のために祈りつづけようと固く心に誓った。

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