2005年6月15日水曜日

第七十二回 田舎芝居

当地(LA)在住の建築家から、地元の新聞社経由でぼくに連絡が入った。折り返し電話を掛けてみると、投資家に見せるプレゼンテーション・キットを作成してほしいと依頼された。

後日、その件で、ビバリーヒルズの一等地に、自社ビルを所有している不動産会社を訪ねてみた。バレーパーキングに車を預けて、七階にあるオフィースのロビーで待たされること三十分、コンファレンス・ルームに通されてからも十五分待たされた。

現れたのは、あまり背は高くないが、肩幅の広いがっしりとした体形の壮年の男性である。通り一遍の挨拶を済ませると、赤ら顔の男は大きな声で、自社のプロジェクトの概要を夢中になって説明し始めた。約二時間半に亘っての彼の独演会であった。体育界系とお見受けするその男は、おそらく、いつもこの調子で世間を渡ってきたのだろう。

自信過剰ぎみの講釈を聞きながら、彼が語っていること全てが真実で、正しい選択であれば頼もしいのだが、どうも独りよがりの嫌いがあるようなので、うんざりとしてしまった。

赤ら顔の男の肩書きは、名刺ではプレジデントとなっているが、言わば中小企業の駐在員である。一息ついてから、プレジデントが吐露した。バブル崩壊後、全米に所有していたゴルフ場やビルディングなどの不動産を全て処分してからは、このビルだけが当社の唯一の財産であると。

先ほどからプレジデントが熱弁を振るっているのは、自社ビルの一角に全米で一番ゴージャス且つユニークな日本食レストランを立ち上げる話しである。そのためには、投資家を募るのだと言って鼻息が荒い。

それにしても赤ら顔のプレジデントの企画は、真に申し訳ないが究極の田舎芝居である。なけなしの不動産屋の宮仕(みやづかい)が、ビバリーヒルズに全米一豪華で、食通を唸らせるレストランを開店させるためには、まず、専門家の事前調査とビジネス・プランが不可欠である。

夢と現実を混同したような、客観性のない浮き足立った計画を、いかにも実しやかに大風呂敷を広げる魂胆である。実状を知らない一攫千金を狙う投資家にとっては、真に迷惑千万な話だ。

かつて日本の銀行や商社が、海外で散々大義名分の立たない大失態をやらかして来たが、バブルの遺産となった自社ビルに齧り付いてまでも、同じような低級ビジネスを、赤ら顔のプレジデントは展開するつもりでいるらしい。

ぼくは建築家の某氏の仲介がなければ、仕事の依頼はお断りしていたであろう。けれども、ぼくにだって些か甘い所があったのだ。というのは、日本の四季や花鳥風月のオリジナル映像を、レストランの大きな壁に映し出す演出を企てたいと言われたからである。

後日、ぼくはテレビ局のディレクターを伴い、赤ら顔のプレジデントと再び会った。事前に、エンターテイメント業界のエクゼクティブたちが、顧客の大半を占めると伺っていたので、一流のオリジナル映像の制作が急務であったからだ。

開店は来年の秋、設計は件の建築家が担当している。内装は日本からのデザイナーが構想を練り上げていた。ぼくは広々とした現場を見せつけられて、プレジデントの講釈を聴いているうちに、つい皮算用をしてしまったのである。今考えてみると、万年金欠病であるぼくの方にも焦りがあった。

「金は出す、一流の映像を制作してほしい」

と縋(すが)られて、結果的には、赤ら顔のプレジデントの言葉に翻弄されてしまったのである。そんなこととはつい知らず、何度かぼくと一緒に仕事をしたことのある、エミー賞を15回も受賞しているディレクター、ダン・ブルメットに同行してもらった。

ぼくはミーティングの最後に、事前に契約書を作成して同意を得たいと伝えた。するとプレジデントは、顔を益々赤らめて捲し立ててくる。彼の支離滅裂な発言を聞いているうちに、ぼくはすっかり興醒めてしまった。

ノーハウだけを先取りして、事業が成功すれば報酬を払うが、思わしくなければ最初からただ乗りする按配である。日本のビジネスマンは、アメリカで何十年とビジネスを培いながら、未だに国際感覚が身についていない。非生産的な知識に対しては、鐚(びた)一文として支払わない。このアナクロニズムが、エコノミックアニマルと揶揄される所以なのである。

ぼくの方からアプローチしたのであればいざ知らず、この度は赤ら顔の筋から、ぼくにコンタクトをとって来たのだ。丸二日間もぼくのスケジュールに穴を空けさせておいて、水が一杯出ただけだ。まったく、デリカシーの欠片もない。このプロジェクトの結末は言うに及ばない。全てが田舎芝居なのである。

実は昨年末から、ぼくは別の不動産会社のプレゼンテーション・キット作成に従事している。従って今月は日本とアメリカで、投資家たちとの懇談会を開催する予定になっている。

このような訳で、今月の17日に行なわれる、当教会50周年の記念行事には参加できなくなってしまった。今年はアナハイムのディズニーランドも50周年、マクドナルドも開業50周年、それから、ぼくが誕生してから50年の年でもある。

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