2005年7月1日金曜日

第七十三回 デザイン

眼鏡の修理をするために、コリアタウンにある行き付けの眼鏡屋へ足を向けた。近隣に大きなライバル店が開店したせいか、行き付けの眼鏡屋は超モダンにリモデルされていた。内装のセンスの良さは格別で、デザインの専門家に依頼したであろう、垢抜けた出来栄えである。

巷のデザイン事情に関して、ぼくはまったく明るくない。けれども近来になって、つとに思うことがある。辺りを見渡してみると、何でもかんでもがデザイン重視になってきているように思える。

エレベーターに乗ると、操作ボタンを自分で押さなければならない。だが、操作パネルがあまりにも凝り過ぎたデザインであったりすると、ひと目見ただけでは把握できない場合がある。

眼科の視力検査表といえば、文字や記号が仰々しく鮮明に印刷されたものを、ポスターみたいに壁に貼り付けられてある。時代を少し遡ると、検査表の両サイドに、蛍光灯が取り付けられてあって、視力検査を始める前にライトが灯った。

リモデルされた行き付けの眼鏡屋の視力検査表はというと、大きな分厚いガラスに、文字や記号が刻まれているのである。視力を検査するにあたって、初めてこの前に立つ者は、差し当って当惑するに違いない。全てが透明で、後ろまで透き通って見えているから、何だか違和感を覚えるのである。これもデザインばかりが優先されている。

ひところクロスオーバーという言葉が流行った。ぼくが初めてこのクロスオーバーという言葉を耳にしたのは、粗方三十年ほど前である。ジャズとロックの融合をクロスオーバーと言った。フュージョンの前身である。このクロスオーバーとは、水と油のように混じり合わないであろうものが、調和のとれた芸術へと変貌することである。

パリにあるオペラ・ガルニエはネオ・バロック建築の傑作として名高いが、天井にはシャガールの聖と愛の幻想が描かれてある。この一見ミスマッチと思える組み合わせであるが、初めて見た時、ぼくは度肝を抜かれたのである。この感動はクロスオーバー(融合)の成功を物語っている。また、ルーブル美術館を象徴するガラスのピラミッドやデファンスの新凱旋門は、新旧のクロスオーバー的調和が実に素晴らしい。

ところが京都へ何年か前に赴いた際に、JRの京都駅ビルを見て絶句した。とにかくぼくは、恥ずかしくて仕方がなかった。もし外国人が横にでもいたら、穴があったら入りたい心境であった。京都は、世界が注目している日本を代表する歴史の都であって観光地でもある。ぼくは誰が何と言おうと、京都駅ビルの下拙(げせつ)極まりない外観に、失望してしまったのである。

さて、再びデザインの話題に戻るが、アナログ人間のぼくとしては、最近のハイファイセットやカメラ、そして家電製品からPCに至るまで、デザインは超モダンに洗練されているものの、手で触った時の感触が、何だかひんやりとしていて馴染めない。

レコードからCDの時代になって、随分とコンパクトに、そして便利になった。けれどもぼくは、CDのプラスチック・ケースが大嫌いである。理由はCDをケースから出し入れする度に、手に伝わる感触が粗笨であることと、また、CDを取り出す際に、中心の小さな凸部を、指で押した際に伝わってくる歪な感触が不愉快であるからだ。

決定的なのはCDの音質である。レコードで聴いていた時分の、あの感性がまったく甦って来ない。アナログ製品の全ては、町内会の若者か隣町のご隠居のようなので、直ぐに打ち解けられたが、デジタルは都会からやって来た、気まぐれでクールなキザなお兄さんだ。頭が切れてカッコ良いかも知れないが、いま一つ人情味に欠ける。

一頃と比べると、日本人も随分とセンスがよくなってきた。このセンスの良さは、まだまだ企業レベルであって、例えばサイト上の、個人のホーム・ページを拝見すると、あっと驚く満艦飾である。そのセンスの悪さには、自分のページを開設して、世界中の人が見てくれているというエキサイトを象徴している。

一文字ごとに色を変更して、ページが変わる度に画面のデザインや色彩を変える。そして写真やイラストの多用と、操作が複雑であることだ。いくら内容が優れていても、この悪趣味な画像と、独りよがり的ホーム・ページのデザインを見せ付けられれば、うんざりとして金輪際見たくないと断じてしまう。

何はともあれ、シンプルこそがベストなのである。そしてシンプルの奥義は深い。書道にせよ、茶の湯しろ、そして弓道であれ、元来、日本文化の美徳には、モノクロームリズムが根付いているように思う。

旧約聖書の天地創造の由来は、四百字詰め原稿用紙に換算して、わずか四枚程度で書き終えている。神の言葉は、非常に解り易い簡潔な文体で綴られているが、その奥義は深遠である。『聖書』は、シンプル且つ減り張りの利いた文章であるからこそ、世界中で永遠のベストセラーとして君臨しているのである。

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