2005年7月15日金曜日

第七十四回 先日、先般、過日、こないだ

先日、ふと思った。本欄は教会のホームページの一部なんだよな。ぼくはいつも、教会の週報にでも書いているようなつもりでいる。読者は教会員と周囲のクリスチャンの方々で、せいぜい百人くらいであろう。いつもそのような感覚で執筆していた。

ところが時代は変わった。インターネットは世界中を網羅している。いつ、どこで、誰が読んでいるか分からない。改めてそう考えてみると、今までに奇矯なことを書いていなかっただろうかと、些か心配になってきた。

先般、ホームドクターに電話をかけた。診察の予約をお願いすると、受付の女性が申し訳なさそうな声で、二ヵ月後まで予約を入れられる余地がないと言われた。名前を告げると、しばらく待たされてから、明日の午前九時に来てくださいと言う。通常診察は午前九時半から始まるので、便宜を図ってくれたのである。

ぼくのホームドクターは、前にも書いたが、精神科医である。日米を又に掛けて、かれこれ三十五年以上、ぼくはうつ病と格闘している。どうして予約が殺到するのかというと、現在、カリフォルニアには、日本人の精神科医は一人しかいないからだ。日本語を話せる日系人の医師や例えアメリカ人の医師であったとしても、日本の文化背景を事細かに熟知していないと、治療にはならないからである。ホームドクターが引退すると、日本人に治療を施せる精神科医はいなくなってしまう。心の病が増加する一方で、これは大変深刻な問題ではないだろうか。

アメリカでは精神科医は冷遇されているそうだ。まず、インカムが低いので精神科医を志す医学生が少ない。日本の精神科医と比較すると、アメリカの精神科医の給与は半分くらいだそうである。従ってアメリカで精神科医を目差すのであれば、仕事における使命感と限りない情熱がなければならない。営利を追求するのであれば、最初からあきらめた方が良い。ぼくの主治医が開業医として生計が成り立つのは、神経内科も診断できるからである。

過日、本を読んでいたら、その中に出てくる十七歳の少年が、将来の夢はニューヨークへ行くことであると語っていた。アメリカへ行く目的を尋ねられると、少年はきょとんとしている。質問した者が、少年に突っ込んでいくと、少年は「へー、ニューヨークはアメリカにあるのですか」と、真顔で納得していたという。

いつだったか、サラダ好きの青年に、

「君の菜食主義は徹底しているね」

と言ったら、

「サイショク主義って何ですか」

と問われた。

「つまり、その、野菜しか食べないってこと」

そう説明したら、

「ぼくは、ベジタリアンですからね」

青年は実に涼しい顔をして、そうほざきよった。

十五年前、リトル東京の一番高級な日本食レストランで、お客さんを接待している際に、着物を着ている日本人のウエイトレスさんに、

「御手塩いただけますか」

とお願いすると、

「何ですか、それ」

客人たちが笑い出した。

「一応、ここはアメリカですからね」

客人の一人がそう言った。

こないだ、生のフォワ・グラをほんの少しだけ、お裾分けしていただいた。ぼくは早速スーパーマーケットへ走っていって、牛フィレ・ステーキを購入。家に帰って、ステーキを焼いた。その上にバターでソテーしたフォワ・グラを乗せて食べた。

贅沢なランチだった。と思いきや、ステーキは一枚八ドル少々、フォワ・グラはもらい物なので無料。外でラーメンと餃子を食べて、チップを払ったら十ドルになる。二ドルのセーブになった。日本にいた節は、アン肝をバターでソテーして、ステーキに乗せて食べていた。

食後、聖書を読もうと思って、ダイニングからリビングルームの安楽椅子に座りなおした。そのうちに、ぼくは首を後ろに反らせて、両足は前へ伸ばした状態で、しばしまどろんでしまった。聖書が、ぼくの大きな丸いお腹の上に、ちょこんと乗っかっている。その姿はきっと、ステーキの上にフォア・グラであったに違いない。

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