2004年12月1日水曜日

第五十九回 神の言葉

チャーチ・メイトの松本じゅんさんが入院されたと聞いたので、早速、病院へ見舞いに伺った。
無事、手術が終わり、じゅんさん曰く、読書三昧の数日を過ごしている。

まるでホテルのような個室のベッドの脇には、五、六冊の本が積まれてあった。
「今度はフランクルの『夜と霧』を読むの」と言って、じゅんさんはぼくにその本を見せびらかした。

かつて、ぼくはこの本を霜山徳爾さん(みすず書房)の訳で読んだことがある。じゅんさんが読もうとしている『夜と霧』(みすず書房)は、名字しか覚えていないが、池田○○さんという女性の方の訳であった。

ぼくは池田訳の『夜と霧』を、病室でちらりと見ただけであるが、平易な文体で書かれていたので、読み易そうであった。

ここで『夜と霧』のことについて、何か書こうと思ったのであるが、54回の『弱い時にこそ強い』で、少し触れていたことに気づいた。

あちこちにものを書き散らかしていると、どこに何を書いたのか、時として忘れてしまうことがある。従って、出来るだけ新しい話題を選ぶ方が賢明なのである。

そこで無い知恵を絞りに絞ると、樋口一葉と幸田 文のことが頭に浮んできた。一葉のことは、やはりふた月ほど前に、新聞のコラムに綴っているが、読者層が違うので、少しばかり同じ話題に及んでも良いだろう。

樋口一葉は新五千円札の肖像となって、今月(11月)デビューしたばかりである。随筆家で小説家でもある幸田 文は、幸田露伴の次女であるが、今年は彼女の生誕百年を記念する年にあたる。

「狂気を少しも含まない天才は絶対にありえない」と語ったのは、アリストテレスである。どうやら太古のギリシャ時代から、天才と狂人は紙一重であったようだ。

樋口一葉のことを「明治が生んだ一人の天才」であると言ってのけたのは、小島政次郎である。『たけくらべ』を読了した森鴎外、幸田露伴、斎藤緑雨らは、異口同音にその才能を絶賛した。
「此の人にまことの詩人といふ称をおくることを惜しまざるなり」。これは鴎外の称揚である。

一葉は紛れも無い天才であったが、二十四歳で駆け抜けるようにして夭折してしまったせいか、狂気の色相が明らかではない。

ぼくは幸田 文の文章がすこぶる好きだ。その実情は、詩的にデフォルメされた文脈と、写実的に優れた鋭い感性にある。文の文章は一度読んだだけで、魂の奥深くに根付いてしまう。そんな不可思議な魅力がある。

下記に紹介させて頂くのは、立山カルデラ内多枝平原展望台に建立されている、幸田文の文学碑に刻まれている一文である。

憚らずにいうなら、見た瞬間に、これが崩壊というものの本源の姿かな、と動じたほど圧迫感があった 。

むろん崩れである以上、そして山である以上、崩壊物は低い方へ崩れ落ちるという一定の法則はありながら、その崩れぶりが、無体というか乱脈というか、なにかこう、土石は得手勝手にめいめい好きな方向へあばれだしたのではなかったか。
私の目はそう見た。

『崩れ』より

ぼくは文の文章に畏敬の念を抱きながら、性懲りもなく、添削を施すような不届き者である。

ぼくはこの一文を読んで、山の『崩れ』を表現する文章にしては、些かおとなし過ぎると思った。だからといって、読者のイマジネェーションが掻き立てられるかというと、そうでもなさそうである。どこかに直喩法を施してみるのも、一つの手ではなかろうか。

同じ山でも、聖書は信仰によって、山を動かすことは可能であると述べている。

イエスは答えて言われた、「神を信じなさい。よく聞いておくがよい。だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう…」(マルコ:11・22~23)

この平易な文章が、とてつもない迫力で押し寄せてくるのは、言うまでもなく、神の言葉であるからだ。そして御言葉から得られることは、無尽蔵なのである。

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